私は天使なんかじゃない








ピットから来た男





  井の中の蛙、大海を知らず。

  世界は無限に広がっている。
  キャピタル・ウェイストランドに住まう者達はこの地こそが文明最期の地として思い込んでいるものの、実際にはそうではない。
  無数のコミュニティが存在している。
  おそらくは海の向うでも。

  そして、ウェイストランドの外からやって来た者がいる。
  メガトンに。
  その者、ピットから来た男。

  様々な思惑が絡み合った物語がこうして始まる。






  モイラのサバイバルガイド。
  当初は『パパの居場所探しの為の金銭&物資のゲット』の為ではあったけど、今ではアルバイト的な感覚になってる。
  パパ見つかったし。
  最近は生活も成り立ってきたしね。
  さて。
  モイラからの依頼はと言うと……。


  「サバイバルガイドの進み具合は?」
  「丁度第二章の最後の部分よ。第二章は繁栄って章なの」
  「繁栄?」
  「いかにして他の捕食者達よりも有利に生きて一枚上になる事を載せるの。出来ない時にはどうやってしのぐか、もね」
  「それで第二章最後の仕事は?」
  「ミレルークの調査よ」
  「ミレルーク」
  「生態を調査したら対処方法が分かるでしょう? 調査場所はアンカレッジ戦争記念館がお勧めよ。そこに大きな巣があるって旅の商人が教えてくれたわ」
  「了解、モイラ」
  「それでこそミスティっ! 献身的な行いねっ!」

  クリスチームは都合が付かなかったので私はグリン・フィスとともに依頼を完遂すべく移動を開始。そして現地入り。
  ミレルークの調査。
  開始です。



  でまあ、今の流れは3日前の事。
  私はメガトンに帰還。
  特に難しい依頼ではなかった。私の隠密行動は既に板についている。ウェイストランドでの日々危険な体験が私をここまで成長させたわけだ。
  ……。
  ……まあ、平和的に生きれるのが一番なんだろうけどさ。
  グリン・フィスは家に戻した。
  報告にわざわざ連れてくる必要ないし。
  それにメガトンは治安的に安全だからね。最近はレギュレーターの部隊が治安維持の為に街の駐留している。ルーカス・シムズは保安官助手を増やし
  たしこれまで以上にメガトンの治安の質は向上してる。
  タロン社もレイダーも入り込む隙はない。
  もっとも。
  もっともマッドなサイエンティストの方が危険かもしれないけどねー。
  誰?
  私の前にいる女性よ。
  モイラ・ブラウン。
  戻ると彼女は突然質問攻めしてくる。
  「それで知能は高かったの? リーダーはいるの? 王様とか……司祭とかっ! ボロい集会所とかもあるのかしら?」
  「観察装置は連中の卵に設置しておいたわ。私の仕事はそこまで。調べるのはモイラでしょ? 知能云々聞かれても私には分からないわ」
  「だけどミスティは凄いわー」
  「そう?」
  「大抵の人ならどんなにキャップを積まれてもそんな危険な事はしないわ。さすがは非常識よねっ!」
  「……」
  誉められてない気がするのは私の気のせいだろうか?
  被害妄想?
  「並大抵の人ならミレルークの巣に入った途端に銃を乱射しているところよ。でも貴女はそうじゃない。最高のアシスタントよ、貴女はっ!」
  「そりゃどうも」
  これは誉められてるのかな。
  微妙ではありますけどね。
  「それで? 実際に見てどう思った?」
  「ミレルークの生態について?」
  「ええ」
  「内輪揉めはなさそうだったわ。だから主導権争いもない。そう見えた。少なくとも仲間同士で殺し合いはしてなかったわね。整然とした統率だった」
  「本当に? ……ふぅん。だとするとミレルークのリーダーが他に移動したら、その他大勢も従うのかしら?」
  「さあ。そこまでは」
  「助かったわ、ミスティ」
  「二章はこれでおしまい?」
  「ええ、そうよ。残るは最後の章だけね。これはもっと安全なはずだから、本当よっ!」
  「……」
  どこまで本当かしらね?
  まあいいわ。
  危険を粉砕するだけの力量は今の私にはあると確信してる。思い上がりは危険だけど、少なくとも……まあ、正当に自分の能力を評価しているつもり。
  何でも出来るとは思い込んではいないけど、ある程度はどうにでもなる。
  それだけの力量はあるだろうさ。
  死線を何度も越えてるし。
  「次の章をすぐに取り掛かる?」
  「休憩するわ」
  「そう。分かったわ」
  「……えらく素直ね」
  「そりゃそうよ。ミスティ改造計画のプランを練るのも並行して行ってるからね。私に掛かればミスティは空飛べるようになるのよっ!」
  「……」
  「人体実験にその身を捧げるなんてまさに献身的よねっ!」
  「……」
  こいつ怖いです。
  レギュレーターの皆様、どうか悪人としてモイラを始末してください。
  たのーむっ!



  「客、減ったのね」
  「そうだなぁ」
  カウンター席で私はお酒を飲みながら呟く。
  客は私を含めて3人だ。
  メガトンにいる時はカロンはここで用心棒をしているんだけど今はいない。クリスの用事でいないのかな?
  場所はゴブとノヴァ姉さんの酒場。
  少し前まではグールのお客が沢山いたんだけど今はいない。まあ、客が減った……というか普段通りの客入りに戻っただけかなぁ。
  私としては混雑してない方が良い。
  そういう意味合いでは流行ってない方が気が楽だ。
  ……。
  ……ま、まあ、それを口にするとゴブやノヴァ姉さんは気を悪くするだろうから口にはしないけどさ。
  それぐらいの配慮はある。
  親しき仲にも礼儀は必要です。
  さて。
  「ゴブ、この間のグールの人達は?」
  「治療薬求めて会社に行ったよ。会社の場所は……」
  「場所は?」
  「知らんけどな」
  「はあ?」
  「特に興味がなくてな、聞いてないんだよ」
  「ふぅん」
  「俺はグール化の詳細な理由は分からん。だが……遺伝子が妙な状態になってるのは分かるさ。だろ?」
  「まあ、そこは基本よね」
  「だからさ」
  「なるほど」
  ゴブの言いたい事が何となく理解出来た。
  新薬で本当に治るのか疑問なのだ。いや疑問以前におそらくは信じていないのだろう。
  グール化。
  誰が見ても遺伝的におかしくなってるのは明白。薬で本当に治療出来るとはゴブは思っていないのだ。私もそう思う。例え治療出来たとしても副作用
  を考慮すると今すぐに飛びつくのは危険過ぎる。遺伝子を弄るというのはそれだけ危険な事だ。
  だけど。
  だけどその会社は何者だろう?
  グール化を治療しちゃうわけだから相当な設備と技術を有しているんだろうけど……今時そんな会社が現存するかも疑問だ。
  疑って掛かるのは悪くない。
  いや。
  むしろこの問題は疑って掛からなければ、馬鹿を見そうな感じがする。
  あくまで私の考えだけどさ。
  それでも簡単に飛びつくべきではない。
  ゴブは正しい。
  素直にそう思う。

  ギギギギギギギギギギっ。

  軋んだ音を立てて扉が開く。
  「いらっしゃい」
  酌婦のシルバーが客に頭を下げた。入ってきたのは柄の悪そうな男だった。
  じろじろと私は客を見る。
  堅気ではなさそうだ。
  レイダーと言っても通りそうな鋭い眼光と野性味を帯びていた。
  「あまり見ない方がいい」
  ゴブが囁く。
  「誰なの?」
  「ジェリコ。元レイダーだ。ちょっとの間だがモリアティに雇われて用心棒だった頃もある」
  「ふーん」
  忠告してくれたけど遅かったらしい。
  ジェリコ、私に噛み付く。
  血気盛んな奴だ。
  「何か言いたい事があるのかよ、小娘」
  「別に」
  「おいクソ女。俺はてめぇが気に入らねぇ。俺に近付くな。面倒な事になりたくなかったらな」
  「そりゃ結構。気が合うわね。私もあんたに用はない」
  ちびりとお酒を口に含む。
  ジェリコに構う気はないし興味もない。
  「お前の事は聞いてるぜ。ボルト育ちの優等生なんだろ。俺はてめぇみたいな奴が大嫌いなんだよ」
  「そりゃどうも」
  「仕事がなければ叩きのめしてやるところだぜ。今の俺は護衛の仕事中だから運が良い奴だぜ」

  ギギギギギギギギギギっ。

  酒場の扉が開く。
  おそらくはジェリコの護衛相手なのだろう。そいつは右目に眼帯をしていた。
  残る左目は粗野な輝きを放っている。
  何者だろう?
  まあ、関る事はなさそうだけど……。
  「誰でもいいから手を貸してくれっ!」
  そいつは叫んだ。
  何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
  「俺の名はワーナーっ! 北部の街ピットからやって来たっ! 仲間の解放に協力してくれる者を探しているっ!」